タングステンと呼ばれる金属の特徴はご存じでしょうか?1908年にアメリカの「ゼネラル・エレクトリック社」(エジソンが作った会社)が開発した電球のフィラメントに使用されていることは有名ですね。現在、それ以外にもいろいろな利用用途が広がりつつあります。
理由の一つは、世界の環境法規制で問題となっている有毒性の鉛に代わり無害の金属として代替えが検討されています。また、その他の優れた特性(高硬度、高融点、高密度、放射線防御)やシート加工品による特殊布などで使用用途が広がっています。
本記事ではタングステンの特徴や利用用途について、発見の歴史から遡って今後の将来動向まで解説します。
「タングステン」と呼ばれる金属は、どこで誰が発見?
出典:倉敷自然史博物館 公式ホームページ
タングステン鉱石(鉄マンガン重石(英:Wolframit)と灰重石(英:scheelite))
「タングステン」の名前の由来?
タングステン(英:Tungsten)は、スウェーデン語の「重い石」を意味する物質名で、『Tung(重い)Sten(石)』に由来します。1750年に「灰重石(英:scheelite)」がスウェーデンのダラカリア州ビスベルグ鉄鉱山で発見されたことが始まりです。その時、新鉱物について当時のスウェーデン鉱物学者アクセル・フレドリック・クロンシュテットが、「タングステン」と名付けました。
次いで1781年、スウェーデン化学者カール・ウィリアム・シェーレは「灰重石」にタングステン酸と呼ばれる未知の酸と石灰が含まれていることを発表しました。
なお、この鉱物には別の名前があります。その名前は「ウォルフルム(英:Wolfram)」です。16世紀ドイツのザクセン・ボヘミア地方のスズ鉱山で、スズ鉱石と同時に見つかる新たな鉱物に関する興味深い報告がありました。
新鉱物は、スズ製錬中にスズ抽出を阻害し大量の鉱滓(スラグ)を生み出すことで知られていました。その姿は『オオカミが羊をむさぼり食べるように、スズを喰う』に例えて、鉱山労働者の間でウォルフラム(英:Wolfram)と呼ばれました。
1783年、スペイン貴族のファンフォセ・デ・デルフヤルはドイツのスズ鉱山で発見された鉄マンガン重石(英:Wolframit)を分析し、タングステン酸とマンガンから構成されることを発表しました。
フアン・ホセ・デ・デルフヤル(タングステンの発見者)
出典:国際タングステン協会 ホームページ
さらに、灰重石に含まれるタングステン酸が、鉄マンガン重石にも含まれると同定しました。また、この鉱物を木炭で加熱還元し新金属(タングステン)の単体を入手することに成功しました。
以上の発見により、この新金属はタングステンの別名「ウォルフラム(英:Wolfram)」として認められることとなります。さらに、タングステンの元素記号はこのウォルフラムの頭文字を取って「W」が使用されることになったのです。
タングステンの採掘状況(世界)
2021年のタングステン産出量は、第一位が中国、第二位はベトナム、第三位がロシア、第四位がルワンダ、第五位がスペインとなります。特に中国は、世界の全産出量の大半(約80%)を占めています。(出典:2022年鉱物資源サマリーより)
つまり、世界のタングステン供給は中国がほぼ独占との状況です。現状、中国政府はタングステンの採掘、輸出許可に制約をかけており2021年は減産しました。逆に中国以外の各国では生産増加が進んでいますが、世界供給量の20%程度です。
タングステンの採掘状況(日本国内)
日本国内では、岩手県世田米鉱山、堂場鉱山、清水沢鉱山、女牛鉱山、太子鉱山、京都府の鐘打鉱山、山口県の喜和田鉱山と玖珂鉱山、岡山県吉備鉱山等多数ありましたが、安価な海外鉱物(特に中国)に押されて採掘はほぼ停止しています。
タングステンの価格推移
出典:Group6 Metals(Tungsten Price) ホームページ
https://g6m.com.au/tungsten/the-market/
https://c-tool.org/archives/896
(注1)MTUはMetric Ton Unitの略。鉱石及びAPT(EU又は香港) の相場は鉱石1
トンのWO3 純分1%(10Kg)の価格です。
(注2)APTはパラタングステン酸アンモニウムの略です。APTはタングステン鉱物から
生成される結晶性粉末です。これを高温で酸化分解し、水素還元後に純タングステン粉末を
得ることができます。
2019末~2020年のタングステン消費量は、中国が世界有数の消費国ですがコロナの世界的流行(COVID-19)により低調でした。しかし、その後2021年は、タングステン精鉱、スクラップ(リサイクル品)及び、タングステン材料の需要回復に伴い上昇に向かいました。
また、2022年度の価格動向は上記グラフのように全体的に安定しています。その理由は中国を含むコロナ流行を受けて景気の冷え込みによりタングステン市場が活発ではないことが要因となっています。
「 タングステン金属」の物性は?
元素周期表(出典:Ptable)
元素周期表(出典:Ptable)
クロム族の属性
元素周期表上のタングステンは、第6族クロム属に分類される遷移金属です。原子番号74、原子量183.84となります。元素名はタングステン(別名ウォルフラム)、元素記号はWとなります。またクロム族元素(クロム、モリブデン、タングステン、シーボギウム)はすべて単体の沸点、融点が高く、硬い性質があります。
高硬度、高融点、高密度
常温常圧ではタングステン金属(銀灰色)は体心立法の結晶構造を取ります。物質の中では非常に硬く、ダイヤモンドに次ぐ硬さを示し、モース硬度は9となります。また、融点(MP)も金属の中では、一番高く3410℃ です。さらに、密度は、金とほぼ同じで19.25g/cm3と非常に重いです。(参考:金の密度は19.30 g/cm3)
なおタングステンは、密度が大きいため防音対策や振動防止性能も優れています。従来はよく密度の重い「鉛」が使用されていましたが、鉛中毒の問題から人体と環境に優しいタングステンに置き換わるようになってきました。
レアメタル(希少金属)
タングステンは経済産業省が定めたレアメタル31鉱種の一つに定められています。全世界の埋蔵量は250~300万トン(W純粋)であり、鉄(2320億トン)に比べて極端に少ない希少金属です。
なお、タングステン鉱石(鉄マンガン重石、灰重石)の産地は、前項で述べたように中国に偏っており、日本ではほぼ産出されません。
出典:タングステン単体金属見本(アマゾンUSAホームページ)
高強度、耐腐食性能
タングステン合金は非常に高い硬度を示します。特にタングステンカーバイド(WC)や高温焼結したタングステン-コバルト合金はモース硬度9となり、ダイヤモンドに次ぐ硬さで「超硬合金」と呼ばれます。このような超硬合金は、硬度が高いだけでなく高温強度が高く、腐食に強いため金属加工用の超硬切削工具だけでなく、トンネル工事で岩盤破砕用工具として広く産業分野で利用されています。
放射線遮断性能
<イリジウム192の放射線を使用し遮断性能を調べる>
タングステンと鉛の実効線量透過率データ (出典)日本アイソトープ協会
タングステンの放射線防御性能は、鉛と同程度またはそれ以上の性能を誇ります。そのため、放射線照射の可能性がある作業場(X線検査、原子炉周辺の除染、放射性物質取り扱い等)では、人体の放射線対策としてタングステン材料を使用した作業着等で作業員を守ることが可能です。
同じ性質の「 タングステン」と「鉛」の比較
タングステンの特徴は「高密度」・「放射線防御性能」であり、「鉛」と同じ性質を持っています。
「鉛」は古代から人類が長く使用してきた歴史があります。そして現在も多量に採掘することが可能な金属です。この青みのある銀白色の金属は柔らかく加工性にも優れています。
なお、密度は11.34 g/cm3であり、鉄(密度7.85 g/cm3)より約1.44倍も重いのです。
この「鉛」は、紙に押し付けると文字が書けるため、古代ローマ人は線や文字を書くために用いていました。(鉛筆の起源)その後、水道管や陶器等に使用され、日本では戦国時代以降に屋根瓦、弾丸、貨幣等に使用された記録があります。
そして現代では、ガラス、はんだや鉛蓄電池、電極材料、放射線防護材、塗料、防音材などに広く利用されてきました。
しかし、近年鉛中毒の問題が世界的に注目されると、その使用用途は急激に狭められています。日本ではガソリンに含まれる鉛の含有量を規制し、無鉛化ガソリンへ移行が実施されました。また、塗料や食物中の鉛含有量も、人体への健康被害を防ぐために厳しく規制されています。
欧州連合(EU)では、電子・電気機器における特定有害物質の使用制限に関するEU指令RoHS(Restriction of Hazardous Substance)を2003年に公布、2006年7月に施行し鉛について厳しい規制を実施しました。
その結果、鉛の代替物質であるタングステンが急速に注目を浴びることとなりました。
ただし、タングステン製造には原料粉末(APT)を高温焼結後鍛造する手間がかかるため製造コストが高くなります。また、高硬度のため曲げ加工が難しい欠点がありました。
しかし、近年の製造加工技術の進歩により最終的に作られた地金(インゴット)は、「線状、棒状」の形状からさらに使いやすい形態として「極細線」、「薄板」へ利用用途を拡大しています。
「タングステン」の新しい用途は?
タングステンシート
一般にタングステンシートは、タングステン粉末をゴム状樹脂に混入したシート状の製品です。そのため、伸縮自在な特性を有することからいろいろな形状に縫製することで、多種多様な製品を作り出すことが可能となりました。
放射線防御性能に優れた性質を利用し「放射性物質の取扱い作業」や「X線検査時の遮蔽材」として広く産業・医療分野に普及しています。
また、音響製品や回転装置の振動吸収、及び防音対策として、民生分野でも利用されています。
放射線防護服(X線対策、γ線対策)
放射線防護服(X線遮断シート)
出典:松林工業 公式ホームページ
放射線防護服は、主に放射性物質を取り扱う作業やX線検査で使用される防護服です。放射性物質がある場合や放射能(γ線等)やX線を浴びる可能性がある作業では、この防護服を装着して放射線対策を行います。
最近使用される放射線防護服は、鉛フリータイプの環境に配慮したタングステンを使用することが多くなっています。この防護服は、鉛より優れた放射線遮断性能を示しています。
タイプはエプロン型、帽子タイプ、作業着タイプなど多くの形状が用意されています。
その基本構造はタングステンを樹脂コーティングした生地や繊維状タングステン(タングステンシート)が使用されています。また、生地は伸縮自在であり非常に動きやすくなっています。
X線対策用遮断カーテン
空港手荷物検査で使用されるX線対策用遮蔽カーテン
出典:松林工業ホームページ
空港手荷物検査では、検査物をベルトコンベヤーに載せて運ぶ途中でX線による荷物検査が行われます。その時、作業員がX線照射による被爆を避けるため、ベルトコンベヤーの出入口に「X線対策用遮断カーテン」を貼付けて作業者のX線被爆を防止します。
防音対策材
タングステン金属は遮音性が高い性質があります。 その理由はこの金属が高い密度を有するためです。そのため防音素材の代表的な金属としてタングステンが使用されています。
振動防止材
音響機器では、タングステンシートの高密度特性を活かしてファンモーターなどの回転装置の振動防止ができるようになります。また、一例ではブチルゴムにタングステンを配合したターンテーブルはレコード盤の反りよる振動を吸収して滑らかな音源を再生します.
まとめ(将来の用途)
従来のタングステンは地金(インゴット)を棒状、線状に加工しての使用がほとんどでした。また、その一部は炭素や他金属(コバルト等)との合金が主な用途でした。
ところが、タングステン粒子を樹脂に加える方法や加工方法(スエージ、線引き等)の技術進歩により極細線加工、布縫製が可能になりました。
その結果、タングステンシートのような薄い生地の製作ができるよう進化しました。今後は、タングステンシートの特徴である自由に伸縮自在な性質を利用して用途が広く普及するものと期待します。
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